市民病院で活躍するさまざまな職種のスタッフにフォーカスし、その人柄や医療にかける思いに迫る本企画。今回登場するのは、2024年4月に産婦人科長、母子医療センター長に就任した倉澤健太郎医師です。
私の父は病気のため、私が生まれる前から入退院を繰り返していました。父の通院の付き添いやお見舞いをする機会が多かったので、病院はとても日常的な存在でした。「大きくなったらお医者さんになり、父のような病気の人を治したい」という気持ちが次第に芽生えていき、自然と医師の道を歩むことになりました。小学3年生で父が他界し、母と兄と3人で支え合って暮らしてきました。実は、兄も私と同じように医学の道に進み、産婦人科医として働いています。晩年、病床の父が「女性と子どもを大事にしなさい」とよく話していたことが、私たち兄弟の心に残っていたのかもしれません。
進学先の琉球大学は、青い空と海が一面に広がる素晴らしい環境で、伸び伸びと学ぶことができました。医学生のカリキュラムの一つに病院実習がありますが、そこで最も印象深かったのが、産婦人科でした。手術を終え、無事に退院する患者さんやお産を終えて家に戻る妊産婦さんを送り出せるのが嬉しかったですし、初めてお産に立ち会って、新しい命が誕生する瞬間をこの目で見たときの感動は、忘れがたいものでした。
お産の現場では、医師、助産師、看護師などが一丸となり、母子を全力でサポートします。赤ちゃんが誕生すると、現場はぱっと明るくなり幸福に満ちた雰囲気になります。しかし、すべての母子がそうなるとも限りません。出産は、大量出血や合併症などのリスクが少なからず伴うものです。できる限りそうならないように管理するわけですが、どんなことが起きても、冷静に対処する力が医療者には求められるのです。
産婦人科医になったばかりの頃は、目の前の患者さん自身や疾患に対して最適なアプローチをすることに力を注いでいました。しかし、経験を重ねるにつれて、患者さんの生活背景、社会的な立場、精神的な状態なども含めて、総合的に診ることが重要だと感じるようになりました。そして次第に、医療提供体制の強化や安全性の向上など、社会全体をさらによくすることにも貢献したいという気持ちが膨らんでいったのです。
私の転期となったのが、お産中に大量出血して他院から救急搬送されるような事例を、1年間に複数経験したことです。母体が甚大なダメージを受けることも多い最重症のケースを多く担当する中で、「医療の仕組みから変えていかなければ、同じようなことが繰り返し起こってしまう」という危機感が募っていきました。そこで、当時勤めていた大学の主任教授に相談したところ「医療の仕組みをつくっている厚生労働省で一度勉強してみては?」という話になり、実際に2年間勤務することになりました。
厚生労働省に着任してから学ぶべきことはたくさんあり、慣れない環境に最初は苦労もありましたが、限られた時間の中で現場の声を多く届け、医療提供体制の向上に少しは役立てたように思っています。例えば、産後は急激にホルモンバランスや環境が変化するため、気分が落ち込んでしまう方も多く、最悪の場合は自ら命を絶ってしまうことも……。そこで、それまで助成のなかった産後健診を2回に増やし、助成も行えるよう、制度の改正に奔走しました。また、不妊に悩む人は女性だけでなく男性にも多いという実態を伝え、男性に不妊治療の支援ができるような働きかけも行いました。
その後、当院に着任してからも「医師としてどんなことを社会に働きかけたら、問題を解決できるのか」という視点を持ち続けています。今後も、医療現場の環境改善や技術向上のために尽力すると同時に、患者さんの求める医療を幅広く提供できるよう努めたいと思っています。例えば、無痛分娩や、傷を最小限に抑えて早く社会復帰できる低侵襲手術など、近年需要が高まっている分野に力を入れたいですね。2025年からは出生前の遺伝学的検査を希望する人に対して、一緒に考える遺伝カウンセリングも開始しました。より多くのニーズを当院で受け止められるように、院内のスタッフ全員で医療の量(多彩な診療)と質を向上させていきたいです。
この市民病院は設備も環境もとても素晴らしいです。無痛分娩での麻酔科医のフットワークは軽いですし、小児科医も何かあればすぐにかけつけてくれます。そして、スタッフはさまざまな患者さんの困り事にも寄り添えるように準備しています。お産を無事に終えることが最終的なゴールではありません。お母さんになって、心身ともに健康な状態で社会復帰できるようサポートすることも私たちの重要な役割です。「病気だけでなく人を診る、人だけでなく社会を診る」――。そんな気持ちで、これからも医療現場に立ち続けたいと思っています。
倉澤 健太郎(くらさわ・けんたろう)病院長補佐/産婦人科長/母子医療センター長
1998年、琉球大学医学部卒業。横浜市立大学附属市民総合医療センター 総合周産期母子医療センター、厚生労働省専門官、横浜市立大学大学院医学研究科 生殖生育病態医学講座 診療教授などを経て、現職。息抜き?に出かけた先で、地酒を楽しむことが趣味。
夏休みの家族旅行を終えて、奥入瀬渓流とねぶた祭の余韻を家で堪能しました。
学会参加のため南アフリカへ。現地のワインで一息ついて明日に備えます。
休診日
土曜、
日曜、国民の祝日、
年末年始(12月29日〜
1月3日)
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