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研修医日記

RESIDENT DIARY

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「自分、鍵かけない主義なんで。」

「自分、鍵かけない主義なんで。」

 初期研修医の皆さんには、これまで病院近くの借り上げのマンションに住んで頂いていました。56カ所に分かれており物件によっては当たり外れがあり、間取りが違ったり、築年数が違ったり、周囲の環境も違ったりするため、お世辞にも公平とはいえない状況でした。今年はなんと旧病院の駐車場跡地に待望の新築マンションができました!新1年生の皆さんはこの新築マンションにご案内できることとなりました。これで不公平感は確実に改善すると思います。バス・トイレ別なのが素晴らしいポイントです。私もパンフレットを見ましたが、さすが新築でとってもきれいで世が世なら自分も住んでみたいと思いました。本当にうらやましい限りです。皆さんの生活環境が改善される事は、臨床研修の質向上にも必ずやつながると思います。

さて、話は変わりますが研修医の寮といえば、旧病院時代に1度だけ研修医の寮に侵入したことがあります。当時は病院のすぐ目の前のマンションが研修医の寮となっており、徒歩1分で病院に到着できました。

ある晩、研修医のS君が私のところへふらふらっとやって来て、

「先生、自分、家に入れなくなっちゃいました。どうしましょう。」

といきなり話し出しました。

「鍵をなくしちゃったの?」

と尋ねると、

「いや、鍵は部屋の中にあります。」

と謎の答えが返きました。

「えっ?鍵を持ち歩いていないの?というか、そもそも鍵をかけてないの?」

と驚いて尋ねました。

「自分、鍵かけない主義なんで。」

となぜだか偉そうな口調で答えました。自分の事を「自分」って言う人いますよね。体育会系をアピールしてくる人。(アンタは高倉健か!)なんて心の中でつぶやきました。

「ふだん鍵をかけないで出かけるんですけど、今日帰ったら自分の部屋の鍵がかかっていて開かないんですよ。これってこわくないですか?」

S君は続けて言いました。

(こわくないですかって、鍵をかけない主義のアンタの方がよっぽどこわいよ!)と内心思いましたが、研修医の緊急事態に対処するのが指導医としての責務ですのでそのままS君の話を傾聴しました。

「開いているはずのドアの鍵をいったい誰が閉めたんですかねえ。ガスや電気の点検のおっちゃんが入ってきたのかなあ。だとしたら迷惑ですよね。」

(いや、迷惑なのはアンタでしょ!)

と私はこころの中でつぶやきました。

「鍵をなくしたわけではないから警察に相談するわけにもいかないし・・・じゃあ不動産に電話してみよう。」

と私はS君に提案しましたが、夜8時頃であったためすでに不動産は営業終了しており連絡がつきませんでした。

(どうしようか・・・)と私が悩んでいると、S君はこう言いました。

「先生、窓は開いているはずなんすよ。自分、開放的な人間なんで、基本、ドアも窓も鍵かけない主義なんで。」

また出ちゃいました。謎の「鍵かけない主義」でマウントを取ってきました。なんと「無防備」なというか「無頓着」というか「無神経」というか、「脳天気」というか、とにかくS君が規格外の人物であることを初めて知ることとなりました。

「それでどうするの?」

私はS君に尋ねました。

「だから窓は開いてるんです。」

S君は自分が開放主義者であることをしつこくアピールしてきました。

「それって窓から入りたいってこと?」

「そういうことです。」

「じゃあ、試しに窓から入ってみればいいんじゃない?」

「それができたら先生に相談しになんかきませんよ。自分の家は2階なんで外から入ることができないんです。どうしましょう、先生」

S君は完全に他力本願的な姿勢をアピールしてきました。

「じゃあ、とりあえず現場に行ってみよう。」

と私は答えて、S君と一緒に寮に向かいました。確かにS君の部屋は2階にあるため、窓から入るのは容易ではありません。

いやあ困ったなあと悩んでいると、たまたま病棟の主任さんが通りがかり、「先生達、こんな夜遅くに何をやってるんですか?」と職務質問をされました。これこれしかじかと事情を説明したところ、何やら主任さんもこの難解なミッションにご参加して頂けることとなりました。

ふとあたりを見回すと、ちょうどママチャリが目に入りました。

「そうだ。このママチャリの荷台に上ってベランダの手すりに手が届けば何とか上れるんじゃない?」と私は「不法侵入作戦」を提案しました。

「そうね。2人で自転車を下で支えていれば何とか上れるんじゃない?」主任さんも同調してくれました。

「よし、じゃあS君、我々2人が自転車を支えているから頑張ってベランダに上ってみて。」と縁の下の力持ちになれることに自己満足しながらS君に言いました。

「いや、自分、無理っす。」

出たー、ここでまた謎の「自分」アピール!(アンタは西部警察のグラサンかけた大門刑事か!)と心の中でツッコミを入れました。(西部警察なんて今の若い人には分からないですよね。申し訳ありません。中高年の方々にはツボだと思います。お暇な時に「西部警察」「大門刑事」を検索してみて下さい。日本には存在しえない規格外のキャラに卒倒すると思います。)

「どうして無理なの?」

私はS君に尋ねました。

「自分、非力なんで。無理っす。」

(おいおい、「自分」体育会系じゃなかったのかよ!)と私は心の中で「チッ」と舌打ちしました。

「先生アメフトやってたんすよね。じゃあ行けるっしょ。」

S君は当然のように私にベランダによじ登るよう指示してきました。

仕方なく私は、恐る恐るママチャリの荷台の上に立ちました。ちょっとグラグラします。

「ちゃんとおさえててよ!」

私は念を押すように2人にお願いしました。

「オッケー!」

S君、人ごとだと思ってニヤニヤして完全に楽しんでいます。

「開放主義者」・・・やっかいです。

手を伸ばすと、何とか2階のベランダの柵に両手が届きました。さあ、ここからが大変です。私は両手で懸垂をして上半身を持ち上げ、さらに片足をあげて何とかベランダの柵に片足をかけることができました。今思うと結構危険度と難易度が高い手技であったと思います。何とかベランダの柵を乗り越え侵入作戦は見事成功しました。窓を見てみるとS君の言った通り鍵がかかっておらず容易に室内に侵入できました。

「鍵かけない主義」・・・危険です。

「あっ、先生、自分、掃除してないからスゲエ汚いっすよ」

S君が自分の部屋の汚さを事前に警告してきました。確かに窓を開けて足を踏み入れた瞬間、早速地面にある何かを踏んでしまいました。真っ暗だったのではっきり見えませんでしたが何となくブリーフのように見えました。それがおニューなものか履き捨てたものなのか今となっては知るよしもありませんし知りたくもありません。辺り一面、何かに覆われており、文字通り「足の踏み場のない」状態でした。雑誌やまんが本が散乱し、脱ぎかけの服も放置されていました。カップラーメンの空のカップなども割り箸入りで放置されていました。この床に物が散乱している状態が基本形なのか泥棒が入ってあらされたのか私には知る由もありませんでした。電気をつけて直視するにはあまりに刺激が強すぎたため、電気はあえてつけずに部屋の中をおそるおそるすすみ玄関にたどり着きました。確かに玄関の鍵がかかっていました。

「カチャッ」私は玄関の鍵を開けました。

S君、大喜びで外からドアを開けて部屋に入ってきました。

「いやー、助かったっす。先生、懸垂で上ったところ、すげえかっこよかったす。神っす。」とりあえず褒め称えておこうというとってつけたような賞賛を浴びました。

「いやあ、ほんと、誰なんすかね。鍵掛けたやつ。ほんとむかつくわー。」

(アンタが一番むかつくわー、と心の中でつぶやきました。)

S君はハッと我に返って、さも恥ずかしそうにこう言いました。

「あっ、先生、部屋が汚いことみんなに言わんといて下さいよ。ほんまに。お願いしますよ。」

あー、今ここでみんなに言っちゃいました。もう時効なので許して下さいな。自分、口の鍵かけない主義なんで。ごめんなさい。

 

 そんなS君ですが、K大学の大学院に進学して、海外の学会にて英語でスピーチするぐらいの立派な人物となりました。「自分、鍵かけない主義者」でも大成するんですね。世の中恐ろしいですね。おっと「全日本鍵かけない連盟」からクレームが来てしまうので、小話はこれくらいにしようと思います。

 完全にB級短編小説みたいになってしまいました。申し訳ございません。

 

 皆さんお察しの通り、この小話の教訓は「自分、鍵かけない主義者」には絶対にならないで下さい、という事です。物騒な世の中なので、用心するにこした事はありません。帰ったら戸締まりを必ず確認をして下さい。

皆さんの周りにS君のような「自分、鍵かけない主義者」がいたら、至急私に通報して下さい。外から鍵を閉めて懲らしめてやりますからね。

 

 おっと、本題をすっかり忘れていました。下の写真が新しい「全日本鍵かけない連盟本部」です。もとい、皆さんの新しい住処です。キレイですね。うらやましい。

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