研修医日記
RESIDENT DIARY
こんにちは。神経精神科の志々田です。
今回は、当院で行った研究がPsychiatry and Clinical Neurosciencesという海外医学英文誌(impact factor 6.2)に掲載されたので、その内容をご紹介します。
研究のテーマは「入院患者さんにおける睡眠薬と時間帯別の転倒リスクの関係」というものです。
入院中の転倒は、骨折や死亡などの重大な転帰につながる可能性があるため、医師や看護師をはじめとする医療スタッフが日々予防に取り組んでいます。睡眠薬、特にベンゾジアゼピン作動薬は転倒の危険因子として知られていますが、「どの時間帯に転倒が起こりやすいのか」「薬の種類によって違いがあるのか」は十分に分かっていませんでした。そこで私たちは、2014年から2018年までに当院へ入院した22,458人の患者さんを対象に調査を行いました。その結果、睡眠薬による転倒リスクは一日中同じではなく、薬の種類によって危険な時間帯が異なることが分かりました。
例えば、いわゆる「Z薬(非ベンゾジアゼピン系睡眠薬。zolpidem, zopicloneなど頭文字にZがつくことからこう呼ばれています)」は夕方から夜間(18~23時台)の転倒リスクと関連し、短時間作用型のベンゾジアゼピン系睡眠薬は深夜から早朝にかけて(0~5時台)の転倒、また長時間作用型のベンゾジアゼピン系睡眠薬は午前中の時間帯(6~11時台)の転倒と関連していました。一方で、近年広く使用されるようになったメラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)やオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント)については、今回の研究では転倒リスクとの有意な関連は認められませんでした。
高齢化が進む中で、従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬だけでなく、オレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬といった新しい作用機序をもつ睡眠薬の重要性を考える上で、興味深い結果になったと考えています。
今回の研究で特に意義深かったのは、日常診療の中で蓄積されたデータが新たな医学的知見の発見につながったことです。転倒というインシデントが発生すると、看護師や医師をはじめとするスタッフがインシデントレポートを作成します。また、主治医は入院患者全員に診療報酬請求や医療の質評価に必要なDPCデータを日々入力しています。普段は業務として行われているこれらの記録ですが、その積み重ねが今回のような研究を可能にしました。海外の類似研究では、転倒そのもののデータではなく大腿骨頸部骨折などの保険病名を持って転倒の代替指標とみなしているものが少なくありませんが、この方法では骨折に至らなかった転倒は把握できず、今回の研究で行ったような時間帯ごとの詳細な解析もできません。今回は、当院の多職種スタッフが日々丁寧に記録してきたデータを活用する事で、患者さんの安全向上につながる新しい知見を生み出すことができました。
研修医や若手医師として働いていると目の前の診療で精一杯になることもあります。しかし、日々の診療で生まれるデータには、まだ解決されていない臨床上の疑問に答えるヒントがたくさん隠れています。研究は必ずしも特別な場所で行われるものではなく、日々の診療から生まれる疑問を形にしていく営みでもあります。当院では、診療を大切にしながら、その中で得られたデータを活用して研究につなげる文化があります。臨床だけでなく研究にも興味のある医学生の皆さんにとって、実際の患者さんの診療から新しい医学的知見を発信できる環境は大きな魅力の一つではないでしょうか。
神経精神科 志々田一宏
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